東京地方裁判所 昭和54年(むイ)257号 決定 1979年3月31日
主文
本件各移送請求を却下する。
理由
一件記録を検討すると、本件各被告事件は、いずれも昭和五三年四月一六日千葉地方裁判所に起訴されたものであるが、同年六月一九日、検察官から、本件各被告事件が、東京都内に住居を有する被告人大屋智靖、同吉崎邦夫、同佐藤靖らに対する兇器準備集合等被告事件と関連(刑事訴訟法(以下、刑訴法という)九条一項三号)するので東京地方裁判所も管轄権を有し、かつ、同地方裁判所において審理するのが適当であるとして各移送請求がなされ、同月三〇日、千葉地方裁判所において、刑訴法一九条一項により本件各被告事件を東京地方裁判所へ移送する旨の各決定がなされ、同年七月四日、弁護人らから右各決定に対して即時抗告がなされたが、同年八月一五日、東京高等裁判所において、右各抗告を棄却する旨の決定がなされ、この各決定がそのまま確定し、本件各被告事件が当裁判所に係属するに至つたことが認められる。
ところで、弁護人は、刑訴法六条にいわゆる関連事件についての管轄は、固有の管轄権を有する事件と併合審判されることを条件として初めて生ずる相対的なものであるから、東京都内に住居を有する前記被告人大屋智靖、同吉崎邦夫、同佐藤敦らに対する被告事件と審判を併合しない以上、本件各被告事件について当裁判所は管轄権を有しないばかりでなく、このような状況のもとでは、本件各被告人らの訴訟関係上の地位は極めて不安定な状態にあるといわざるを得ず、このような状態を解消するためにも、本件被告事件を固有の土地管轄を有する千葉地方裁判所へ移送すべきである旨述べるので、この点について述べると、被告事件に対する管轄の問題と審判の併合の問題とは、全く別個独立の事柄であると解するのが相当である。
けだし、刑訴法六条は「……一個の事件につき管轄権を有する裁判所は、併せて……管轄することができる。」と規定する。これは、国法上の意味における裁判所(刑訴法六条にいう裁判所が、狭義の訴訟法上の裁判所を指すとは到底解されない。)に、その固有の管轄に属する事件が係属するときは、当該裁判所は、右事件と「併せて」その関連事件をも「管轄することができる。」すなわち、他の事件についても管轄権を有する旨を規定しているに過ぎず、文理上からも、各事件の弁論を併合(刑訴法三一三条)して審判することを要件としていると解することは到底できない。
そもそも、具体的事件の内容、各事件の審理の進行状況及びそれに応じて推移する訴訟の具体的状況により、合目的的に、時には併合され、時に分離されることのある審判の分離、併合という事柄によつて管轄権の有無が左右されることは、審判を行う基礎として本来確定的、かつ、固定的に定められるべき管轄権の性質とは相容れないものであるばかりでなく、甚だしく手続の安定性を害することとなる。刑訴法六条による管轄権の有無が、右のような弁論の併合のいかんに係るものとすると、右に述べたような管轄権の分離、併合についての本来の関係が逆転し、弁論の併合の裁判があるまで管轄権の有無が定まらず、従つて、例えば、被告人甲に対する被告事件について固有の管轄権を有する裁判所に対し、乙被告人に対する被告事件が刑訴法九条一項二号或は三号にいう関連事件であるとして公訴が提起されたとしても、公訴提起の時点においては、常に、当該裁判所に管轄権が存するか否かが直ちには確定していないこととなる。また、審理の冒頭或は第一回公判期日前の事前準備の段階等において、甲、乙両被告人の利益の相反することが判明し、弁論の併合が相当でないとか、弁論を分離することが相当であるとされた場合には、関連事件であるにも拘らず、被告人乙に対する被告事件について管轄権を有しないとされることとなる。そればかりでなく、弁論の分離、併合を管轄権の有無に係らせるときは、訴訟の具体的状況に応じて合目的的に活用されるべき刑訴法三一三条にいう弁論の分離、併合が不可能となり、右規定の有効、適切な運用を阻害する結果をもたらすこととなるのであつて、弁護人主張のような解釈は到底採用することができない。
それ故、東京都内に住居を有し、東京地方裁判所が土地管轄を有する前示被告人大屋智靖、同吉崎邦夫らに対する被告事件が現に東京地方裁判所に係属しており、本件各被告事件がこれと刑訴法九条一項三号により関連するとして当庁に移送されてきたものであることは前述のとおりであつて、当裁判所が管轄権を有することは明らかであり、同号にいう「数人が通謀して各別に罪を犯した」か否かの点については、実体に触れることであるからいましばらく措くとしても、本件各被告事件は、刑訴法九条一項三号、六条により適法に管轄権を有する当裁判所に係属したものということができる。
ところで、刑訴法一九条一項による移送を受けた裁判所は、その事件を移送した裁判所にいわゆる逆移送を必要とする新たな特別の事情がない限り、右事件を移送決定した裁判所に逆移送することは許されないものと解するのを相当とするところ、弁護人の主張するところは、結局、本件被告人らの犯罪地が千葉地方裁判所の管轄する地域内であること及び刑訴法六条の解釈に起因することの二点に尽きるものであり、右の各点は、いずれも、新たな特別な事情とは認められず、また、一件記録を精査するも、その他右事情に該当するような事実も認められないので、本件各移送請求はいずれも理由がないものというべきである。
よつて、主文のとおり決定する。
(石田恒良 泉山禎治 菊池光紘)
<参考>即時抗告審決定
(東京高裁昭五四(く)一九〇号、移送請求却下決定に対する即時抗告申立事件、昭54.4.12第二刑事部判定)
〔主文〕
本件各抗告を棄却する。
〔理由〕
本件各抗告の趣旨及び理由は、申立人らが連名で提出した移送請求却下決定に対する即時抗告申立書及び即時抗告申立理由補充書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、千葉地方裁判所への移送請求を却下した原決定は失当であり、被告人らは右決定により土地管轄について極めて不安定な訴訟関係の中で訴訟を継続しなければならない不利益な状態におかれるので、原決定を取消し、事件を同裁判所に移送するとの裁判を求める、というのである。
一件記録によると、被告人らに対する頭書各被告事件は、初め千葉地方裁判所に公訴が提起されたものであるところ、昭和五三年六月三〇日同裁判所が、刑訴法一九条一項により、これを東京地方裁判所に移送する旨の決定をし、これに対し即時抗告が申立てられたが、同年八月一五日東京高等裁判所において、右抗告を棄却する旨の決定がなされ、これがそのまま確定し、適法に原裁判所に係属するに至つたものであることが認められる。
ところで、前記のようにして、同法条により事件の移送を受けた裁判所が、その事件を移送した裁判所にいわゆる逆移送をすることは、移送を必要とする新たな事情がない限り許されないものと解するのを相当とするところ、所論主張の逆移送を必要とする事由のうち、新たなものは、本件を、これと関連する東京都内に住居をもつ別件の被告人大屋智靖らに対する被告事件と併合審理をしていないことであるというのであるが、併合審理をするか否かは、原裁判所が刑訴法三一三条一項により決定する同裁判所の訴訟手続内の問題であつて、これをいわゆる逆移送を必要とする新たな事情とすることができないことはいうまでもなく、その他、所論にかんがみ記録を精査しても、いわゆる逆移送を必要とする新たな事情があるとは認められないので、原決定は正当であり、違法、不当と認むべき事情は存在しない。
なお、所論は、移送請求を却下されたことにより、土地管轄につき管轄違の裁判があるかもしれないという極めて不安定な訴訟関係の中で訴訟を継続しなければならない状態におかれるともいうが、前記移送決定の確定により、事件は原裁判所に係属しており、土地管轄については、証拠調を開始した後には管轄違の裁判はできないのであるから、所論のように不安定な状態にあるものとは認められない。
以上のとおりであつて、本件各抗告は理由がないから、刑訴法四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。